続・隗より始めよ

利尻島より発信中

四十九日

time 2016/02/28

先月亡くなった親友、今日が四十九日の法要だった。
いよいよ納骨となってしまったが、いいところに逝けたのではないかと、今はなんとなくそう思う。
今まで食べものばかり贈ってきたけれど、今回ばかりはお花を贈った。
花より団子、という私たちの仲では考えられないことなのだ。

だからこそ、意義がある。
ひとつひとつの儀式を通じて、だんだんとお別れを実感していく過程に少しでも関わっていられることは幸福なんだよね。
もうこの世では会えないことを、自分に納得させるけじめとしてのお花。
気持ちはきっと、彼に届いていることだろう。

私が泣き暮らすことなど望んでいないと感じることができるようなお別れができたことへの感謝が、日に日に大きくなる。
あいつは、やはり偉大なやつだったんだなあ・・・
死んでしまってからの方が存在感があるなんて、格好よすぎでしょ。
往生際、という言葉があるけれど、それが見事すぎたのだ。
この世になんの未練も残していない顔をしていた。
親より先に死ぬなんて親不孝!

私は今まで、誰に対してもそう決めつけていたけれど、こうして彼の旅立ちから時間が経って、そんな固定観念が覆された。
一般論では語れないのだ。

独身の息子を残し、もしも先にお母さんが逝ってしまっていたら、どれほど心配でこの世に未練を残したことだろう。
独身男の多いこの島で、私は『息子が心配で、死ぬに死ねない』という言葉を何度となくきいた。
そんな気持ちのまま死を迎えてしまったら、果たしてあの世でいいところに逝けるのだろうか。
そう考えれば、むしろ親に心配を残させないことこそが、最後の親孝行とも言えるのではなかろうか。

今まで考えたこともなかったのに、本当に不思議だ。
経験値によって、考え方などいくらでも変わるのだということを教えてもらったよ。

もちろん、死生観、というものは万人が違っていると思う。
私は何の疑問もなく、あの世の存在を信じているので、こんな風に思うのかもしれない。

大切な人の死を、どう受け入れ、悲しさや淋しさをどう乗り越えるのかも、人によって違う。
彼からはまだまだこれからも、いろいろなことに気付かせてもらえるような気がする。
生きていたときよりも、むしろそばにいる感じさえする。

きっと見守ってくれているからなのだろう。
今日、この日だからこそ、心からの感謝を伝えたい。
ありがとう、そして、どうぞ安らかに。

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