続・隗より始めよ

利尻島より発信中

女子力について考える

time 2014/06/15

この前友人が遊びに来てくれたとき、すごく楽しく過ごせた理由のひとつに、『女子力』をあげたい。
友人が特に変わったというわけではない。
彼女はいたって今まで通り、30年付き合っているけれど昔のままにしかみえない。
お互いきちんと年齢は重ねているのに、長いつきあいになるとその変化はそんなにわからないもの。
ところが今まで気付かなかった普通のことが、島で見るととても特別な事のように思えた。

それは、一にも二にも、女子力の高さだ。
島に来るよそ者(特に女性)は、一目でそれとわかる。
なぜなら、どこか垢抜けているから。

決定的な何かはないのだけれど、醸し出している雰囲気が全く違うんだ。
外見だけではなく、言葉遣い、食事の作法などなど、いわゆる『仕草』が全く違う。
島の女性陣は決定的に女子力がかけ落ちた人が多く、それこそ私がなじめない理由の一つになっていることがわかった。

敬語もロクに使えないことも、最初は驚いたけれど、いつの間にか受け入れていた。
ところが、きちんとしたものを見てしまうと、やはり違和感が復活する。
女子力の中でも、特に言葉というのは重要な要素で、耳につき始めるとキリがない。

島では当たり前のように使われているけれど、自分のことを『ワシ』と呼ぶ女性は、生理的に受け入れられない。
お店の店員の応対でも、納得できたことなど一度もない。
島の中でしか通用しない態度というのが、私には抵抗があるのだろう。
ところが、まっとうなことを言えば角がたつ。
注意などしようものなら、こちらが変人扱いだ。

挨拶のできない子供を注意したら、『そんなことできなくたって困らない!』と親から怒鳴り散らされるという、イヤな思いをして以来、私はよかれと思っても人の子供を注意することを一切辞めた。
見れば気になってしまうから見ないように努めているが、この島の風潮は、もし自分に子供がいたら、ここでは絶対に育てたくない、というくらいに抵抗がある。
常識を知らない大人になるのが目に見えている。
この島に、女子力などという言葉を振りかざしても、反応する人はわずかだ。

それがデブへの道を大いに切り開いてくれる。
私がたどってきた道のりが、改めて見えた気がした。
これ以上、島にいることで感化されたくはない。
自分の女子力をきっちり見直し、磨き直しておこう。
どんなに頑張って痩せても、女子力皆無ではお話にならない。
イヤだイヤだと言いながら母親に似るように、私も島のとんでもないところを吸収しつつあったことに気付いた。
危ないところだったよ(笑)

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