続・隗より始めよ

利尻島より発信中

新発見

time 2014/03/04

去年の今頃は、猛吹雪で何日も身動きがとれなかった。
慣れている北海道民でさえ、死者の出たほどの猛吹雪。
今年は打って変わって、すでにだいぶ雪解けが進んでいる。
となるとまた新たな危険もあるものだ。
雪よりも怖いのは、凍った路面。
島でも転倒事故が相次いでいるらしい。
どこもかしこも見事にツルツルで、トリプルアクセルも可能なほど。
徒歩2分のコンビニに行くのでさえびびる。
股関節に爆弾を抱える身としては、緊張続きの毎日だ。
まだ転んではいないけど、何度も滑っている。
気をつけなくちゃね。

この前稚内に行った晩は、もったいないのでストーブを止めてでかけた。
一晩火の気がなかっただけで、低反発マットレスはコンパネに変わってしまった。
ベッドに入ってもCMのように沈むことはなく、ただ固く冷たい。
布団は私を暖めてくれるものではなく、私が布団を暖めてやらねばならない。
なんという過酷な島だろう、と、冬はつくづく思うよ。

昨日は、漁業組合の婦人部で、『ひな祭りパーティ』と称した集まりがあった。
島には二つの町があり、その町の中でもさらに部落がいくつか分かれている。
部落と言うと誤解を受けることもあろうが、島では差別用語ではなく、『村』の別称のようなもの。
お葬式などは葬儀屋さん任せではなく、料理から何から、全て部落ごとの住民によって執り行われるのが習わしだ。

なので地域のつながりは私にとってはウザイくらいに深い。
深くなるが故に、他の部落への対抗意識が強いのもまた特徴。
特に漁師は漁場が決まっているので、なわばり意識が強くなるのもわからなくはない。

私は夫の実家のある部落(漁師町)と、自分が住んでいる部落(島では銀座)の両方でそのおつきあいをこなしているわけだ。
今回の集まりは、夫の実家方の部落。
参加者はもちろん、漁師の奥さんのみ。
普段、彼女たちは、ほとんど遊びに出かけない。
たまに病院に行くのに稚内や札幌あたりに出るのがせいぜいだ。
だから夫を家に置いて出かけるということは、かなりの大事件なわけ。
夫の手伝いだけでなく、自分も拾い昆布をしたり、極冬の海で海藻を採ったり海苔を作ったり。
とにかく遊ぶ代わりに働く。

漁師の妻に、休息などない。
あるのはただ、延々と続く過酷な肉体労働だけなのだ。
何十年もただ同じ事の繰り返しを淡々とできる人たちを、私はある意味尊敬する。
では、自分がそうなりたいかと言えば、否!

無理。

人には、向き不向きがある。
私は、島で模範の漁師の妻には不向きすぎるのだ。
昨日の集まりでは、みんなが大笑いしている場面で、私にはその楽しさがわからなかった。
ツボが違うのだということを改めて感じた。

私も、もう無理に合わせるのはやめようと思っていたので、自分のペースで向き合ってみた。
ところが『いつか島を出る』などと言おうものなら、頭ごなしに反対、全力で阻止してくる。
そんな選択肢が自分たちにない、という理由だけで決めつけてくる。

ああ、なるほど、と思った。
彼女たちの世界は、すごく狭い。
見てきたものも、感じてきたことも、経験してきたことも、私とは大きく違う。
それを冷静に観察できたことがおもしろかった。
彼女たちにとって対抗意識のある隣の部落はすごく遠い世界のようだ。
ところが私にとっては同じ島でしかない。

この、視点の差が世界観の差なのだと思った。
たとえば遊びに出かけるのなら、私にとっては、札幌よりも羽田が近い。
これは物理的、地理的な問題ではなく、感覚の差なのだ。
それは、話し合って埋められるものではない。
誰が良くて誰が悪いとかいう話しでもない。

ただ、違うだけなのだ。
差があるからと言って、埋める必要のないものなのだ。
私はなぜ無理に合わせようとしていたのだろう。
それがわかるとすごく力が抜けた。
なんでもそうだけど、力を入れるよりも、抜く方が難しい。

力を抜けば『なーんだ、そうだったのか』という経験ができる。
まさにそれが昨日起こった。
島で新しい発見なんて、もうないと思ってた。
でも、自分の意識が変わると、どんなところでも新しい発見はできるものなんだね。
いい意味で、おもしろくなってきた。

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