続・隗より始めよ

利尻島より発信中

熊本ストーリーに鳥肌がたったお話

time 2014/12/29

病院で聞く、患者さん達のマイストーリーは、それぞれが激動。
ここには、どこでも見放されてしまったような患者さんもやってくる。
いわばリハビリの駆け込み寺だ。
あちこちで手術を勧められ、どうしてもその方針に納得できない人が集う、富士温泉病院。
そういう人たちが集まるからこそ、それぞれのストーリーに重みがあるのだ。

人生の重要な場面では、出会うべき時に出会うべく人に出会う。
そうなっている、と私は信じている。

今日出会った、熊本からやってきたおばあちゃまもその一人。
80歳になった時に受けた検診で、非常に優秀な結果が出て、体内年齢が60歳だと言われて喜んでいたその一ヶ月後、交通事故に遭ったという。

なんという皮肉な巡り合わせだろう・・・
腕も足も動かなくなり、それから4年間、懸命にリハビリを続け、腕は動くようになったものの、足だけはどうしても思うように治癒することなく、あちこちのお医者さんから『もう年だから手術しかない』と言われたそうだ。
そんな時、ふと矢野先生の本に出会い、ここしかない!と、熊本から飛んできた。
車いすの生活なので、羽田からはタクシーで5万円もかけてこの病院までやってきたと。
どうしても手術は嫌だ、あきらめたくない、切らずに治したい、その一心で。

『こんな固い決心は、生まれて初めてです』
そんな彼女の言葉に鳥肌が立った。
85歳という年齢を全く感じさせない強い言葉だった。

医者は簡単に、『年だから』となんでも片付けようとする。
しかし、それは本当に真実なのか?
同じ年でも、真剣に治そうなどという気持ちもなく、ただ冬を越すためにここにやってくる患者さんも確かにいる。
言われるがままに、年だから、と自分であきらめている人の方が、圧倒的に多い。
しかし、彼女の読んだ矢野先生の著作にも書いてあるが、人間は100歳を超えても自然治癒力を持つという言葉に、私も深く共感する。

島のプールでは、90歳を超えたおばあちゃまが、たった一週間で杖がとれた現実も目撃した。
要は気持ちなのだ。
自分の病気に感謝できたとき、人は劇的に治癒することがあると思う。
『おかげで山梨まで来ることができました』なんて笑っていたおばあちゃまが、すごく素敵だった。

本当に望めば、人は行動を起こし、今の自分に必要な人を自然と引き寄せる。
彼女は自分の意思で、この病院を引き寄せたのだ。
『今日からは自分でお風呂にはいっていいですよ、でも一人ではダメです』
昨日は介護浴をしてもらったおばあちゃまが、看護師にいきなりそう告げられ、誰と入ればいいのかと途方に暮れていたところに、私が引っ越してきて、ちょうどいいタイミングで一緒に行くことになった。
彼女は偶然、私が荷ほどきをしている部屋の前を車いすで通りかかっただけ。

そう、言葉では偶然。
しかし、これは偶然ではない。
彼女にも私にも、お互いが必要な情報や状況を持っていたのだとしか思えない。
私は彼女の言葉のひとつひとつに、いたく感動した。
かたや自分は、一緒にお風呂に行くことぐらいしかできなかったことが申し訳なく思うほどに。
車いすを押しながら聞いた、さらなる鳥肌台詞がこれだ。

『歩けるようになりたいから、車いすは絶対に買いません。これも熊本から借りてきたんですよ』

すごすぎる。
その意思があれば、きっと回復するに違いない。
ぜひともその姿を見届けたい!
こんな風に、入院生活を彩ってくれる素敵な仲間、増殖中。
ひとつひとつの出会いに感謝な日々☆

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